
神は父なんですか?
父から苦しめられたことがあり、そのつらい記憶がよみがえってきて、神を父と呼ぶことに抵抗感があります。
そもそも、父=愛だと思っていないので、父なる神が愛なんて、納得できません。
でも、母はどんなときもわたしを支えてくれました。
神は母ではないんですか?
わたしの友だちは、両親に対してネガティブな思いを持っています。
神が父であっても母であっても嫌だと思います。
神が愛だと分からないでしょう。
彼女の場合はどうしたらいいですか?
こんな疑問にお答えします。
✔本記事の内容
- 神は人間の父親ではない~天の完全な父~
- 母としての神の愛
- 神の子イエスによって父なる神の愛を知る
✔本記事の信頼性
- 筆者は、クリスチャン歴40年以上
- 約20年間の牧師としての経歴
- キリスト教の主な著作を読んで得た知識

この記事を読むと、
- キリスト教が神を父と呼ぶ真意
- 神の愛の豊かさ
- 神の愛を知る正しい方法
がざっくりと分かります。
カンタンに解説しますので、ぜひ、最後までご覧ください。
神は人間の父親ではない~天の完全な父~
まずお伝えしたいのは、神は人間の父親ではないということです。
イエスが神を父と紹介したとき、人間の不完全な父親と天の完全な父である神を明確に区別しました。
地上の父親は不完全で、弱さもあり、過ちも犯しますが、天の父は完全で、きよい愛に満ちています。
自分の父親から虐待を受けたり、苦しめられたりして、神を父と呼ぶことに抵抗を感じている方は、神と自分の父親を重ねてしまっているのでしょう。
はっきり言います。
イエスの教えた天の父は、あなたを苦しめた父ではありません。
天の完全な父は、あなたをきよい愛で愛し、保護し、あなたを決して離れることも捨てることもなく、人生の最終的な責任を取って、今から永遠に導いてくれます。
自分の父親によって傷つけられたあなたの心を父なる神はいやし、あなたが神の愛を経験できるようにしてくれるのです。

自分の父親との関係でネガティブな経験をした人は、「親替え」をすることをおすすめします。
地上の不完全な父から天の完全な父に自分の親を替えることによって、心が回復します。
父である神からの愛をいっぱい受けた結果、自分の親をゆるせるようにもなっていくのです。
母としての神の愛
母としての神の愛
父親によって心の傷を負っていても、お母さんには感謝している方には、聖書が神を母としても描いている事実をお伝えいたします。
女がその乳のみ子を忘れて、その腹の子を、あわれまないようなことがあろうか。たとい彼らが忘れるようなことがあっても、わたしは、あなたを忘れることはない。
見よ、わたしは、たなごころにあなたを彫り刻んだ。
(イザヤ書49:15-16)
人間の愛の中で一番強いのは、母の愛だと言われます。
母としての神の愛は、人間の母の愛にすらまさるというのです。
「たなごころ」とは、てのひらのことです。
神のてのひらには、わたしたちの名前が刻まれており、わたしたちは決して神から忘れられることはありません。
なんという偉大な愛でしょうか!
今、神が父であることをどうしても受け入れがたく感じている方には、神とはどんなにつらいときも支えてくれたお母さんのような存在だと受け止めていただきたいと思います。
なぜ「母なる神」という表現が聖書にはないのか?

女神の偶像に礼拝をささげるイスラエルの民

ところで、なぜ「母なる神」という表現が聖書の中にはないのですか?
聖書が母としての神の性質を描くのが少ないのも、どうしてなんですか?

旧約聖書の時代、神がイスラエルの民(ユダヤ人)を導き入れた約束の地カナンでは、豊穣(ほうじょう)の女神を礼拝する土着の宗教が盛んでした。
もし母なる神という表現を聖書が使用していれば、混同して偶像礼拝につながる危険があったのです。
神は人間の父親、母親以上の方です
すでにお伝えした通り、神は人間の父親ではありません。
神は男性でもありません。
なぜなら、創造主は人間の男性と女性をお造りになった方なので、男性か女性のどちらかに制限されないからです。
神は父であり、母でもあります。
そして、神は人間の父親と母親の良い面を合わせて、しかもそれを無限に超えた方なのです。

神のわたしたちへの関係と似たものを人間の世界で探すなら、父の子に対する関係になるため、聖書は神を父にたとえています。
しかし父親のイメージにも限界はあります。
神は父であると同時に母でもあり、その両者をはるかに超えた方なのです!
「わたしを見た者は、父を見たのである」~神の子イエスによって父なる神の愛を知る~
聖書が神を父と呼ぶのは、たとえているだけです。
自分の両親に対してネガティブなイメージを持っている人は、神を父や母のような存在と考えることが嫌で、全然愛とは思えないことでしょう。
その場合、聖書が神を父と呼んだり、母のような存在と描くのは、わかりやすくたとえているだけだということを改めてもう一度お伝えいたします。
神は人間の父親でも母親でもなく、人間の男女の創造主として、はるかに超越した方なのです。
人間の両親が持っているような不完全さ、弱さはないため、過ちを犯すことはなく、その愛において無限、永遠、不変であって、あなたから決して離れることも捨てることもありません。
旧約聖書にこういう言葉があります。
※「主」とは、神様のことです。
神様こそ、人生の最後の砦(とりで)です。
誰が見離し、見捨てようと、たとえ両親がわたしたちを捨てても、神だけはわたしたちを迎え、決して捨てることはありません。
父なる神を知る最も正確な方法は、神の子イエスを知ることです。
神の子イエスは、十字架にかかる前の夜、

わたしたちに父なる神がどんな方かを示してください。
という弟子のリクエストに対して、

わたしを見た者は、父を見たのである。
と答えました。
8: ピリポはイエスに言った、「主よ、わたしたちに父を示して下さい。そうして下されば、わたしたちは満足します」。
9: イエスは彼に言われた、「ピリポよ、こんなに長くあなたがたと一緒にいるのに、わたしがわかっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのである。どうして、わたしたちに父を示してほしいと、言うのか。」 (ヨハネによる福音書14:8-9)
聖書は神の子イエスが「神の本質の真の姿」だと教えています。
ですから、神の本質の現れである神の子イエスを知ることによって、わたしたちは最もはっきりと、正確に、神がどういう方かを知ることができるのです。
イエスは神を父だと教えてくれました。
残念ながら、わたしたち自身が元々持っているネガティブな父親のイメージのために、イエスの示した天の父である神の愛がよくわからなくなってしまうことがあります。
そのとき、わたしたちが向かうべきなのは、他のどこでもなく、天の父の永遠の御子であるイエス自身なのです。
イエスを見れば、神がどのような父であるかがはっきりとわかります。
具体的には、どうぞ新約聖書の最初の4つの福音書を読んでみてください。
福音書には、神の子、救い主イエスの言葉と行いが記されています。
イエスがどんなに愛に満ちた方で、のけ者にされていた人々、病んでいた人々、苦しんでいた人々に愛をもって接したかが書かれています。

病気で苦しむ人々をいやすイエス
もしイエスが自分の前にいたら、自分に対してどう接するだろうかと考えてみていただきたいのです。
他の人が無視したり、助けてくれたりしなかったとしても、イエスだけはあなたの声に耳を傾け、あなたを助けてくれると思えるはずです。
そして、あなたが神の子イエスの愛を信頼することができたなら、あなたは天の父である神の愛も信頼できます。
なぜなら、イエスは父なる神の本質の現れとして、父なる神と似ているからです。
イエスがあなたを愛するように、父なる神もあなたを愛してくれるのです。
わたしたちは神の子イエスの愛を通して天の父の愛を知ることができます。

聖書を読んでイエス・キリストを知ることによって、わたしたちは天の父である神について最も良く知ることができるのです。
まとめ:イエス・キリストの父なる神の愛を信じて生きてゆきましょう!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。いかがでしたか。
この記事では、
- 神は人間の父親ではない~天の完全な父~
- 母としての神の愛
- 神の子イエスによって父なる神の愛を知る
について解説してきました。
父なる神についての誤解やつまずきが少しでも和らいだなら、幸いです。
父なる神は、
- 地上の不完全な父親ではなく、天の完全な父であり、
- 母としての性質もお持ちで、
- 御子イエスを通して自分がどういう父であるかをはっきりと示してくれました。
あなたが天の完全な父の愛によって心いやされ、神に愛されている子どもとして永遠の祝福のうちを生きる者となるように心から願っています。
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